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インフラツーリズム:大阪伊丹空港から奈良県橿原の土木遺産を巡る旅

インフラツーリズム

少し肌寒くなり、空気が澄んできたこの季節に普段の旅とは一味違う観光をしてみてはいかがでしょうか?

そんな一味違う観光としておススメするのが「インフラツーリズム」です。

インフラツーリズムとは、日々の生活を支える社会基盤構造物、いわゆる「インフラ」を「ツーリズム」(観光・旅行)をする新しい旅の仕方を指します。

ここ最近では、ダムカード・土木遺産カードといったコレクター心をくすぐる関連グッズが作られたり、インフラごとに施設管内を巡るツアーが組まれるなど注目を集めています。

そこで、今回は大阪伊丹空港から出発し、歴史的文化遺産の多い奈良県橿原を目指して歴史的土木遺産や建築遺跡を巡るインフラツーリズム旅のルートを紹介していきます。

前提として旅の注意点ですが、

インフラツーリズムでは、触らない。見ることを前提で機械や工具がない中でどのように施工したのか?運搬や配送はどうやって行ったかなどを考えて、昔の施工技術や景観を楽しむツアーになります。

景観を踏み荒らさないこと、触らないことを必ず守りましょう。

中には立ち入り禁止になっている場合おあるので、来訪の際は最新の情報を確認しておくようにしましょう。

伊丹へ出発する前は、こうした下のようなサイトを活用して事前に予約しておくと、旅とより楽しめるかと思いますので是非参考にしてみてください。

インフラツーリズム:大阪伊丹~奈良橿原のタイムスケジュール

タイムスケジュールは大阪伊丹空港から出発して、奈良県橿原を目指して各地の土木遺産/建築遺跡を観光していきます。

基本的には、移動が多いのでレンタカーを借りる前提でスケジュールを立てています。

出発する空港は、羽田空港からのタイムスケジュールになりますので、自身が出発する地域に合わせ、実際に巡るときは最新の情報や所要時間を確認して旅の予定を立ててください。

今回のタイムスケジュールは、1泊2日の大阪伊丹から奈良県橿原の土木遺産を巡るインフラツーリズムは以下の通りになります。

1日目のインフラツーリズムをまとめみました。

1日目:大阪伊丹空港から奈良橿原までのスケジュール

1日目のスケジュールは以下の通りになります。

TimeSchedule
9:10大阪伊丹空港に到着
9:30レンタカー手配を確認して配車手配 1日目は奈良県橿原へ向かって往年のインフラツアーを楽しむ
10:00最初の目的地「毛馬閘門・洗堰群」に到着
11:30五号暗渠(狭山里道架道橋)に到着
13:00薬水拱橋に到着
13:30お昼ご飯
16:00百寿橋に到着
17:00宝来山古墳(垂仁天皇菅原伏見東陵)に到着
17:30奈良県橿原にて自由散策&宿泊施設へ

ルートマップは以下の通りになります。

今回の旅はレンタカーでの移動を前提としているので、もし予約サイトで迷ってしまったら、宿泊施設を含めて参考にしてみてください。

インフラツーリズム:大阪伊丹から奈良橋原へ土木遺跡を巡る

大阪伊丹空港に到着しました。

伊丹空港は大阪府と兵庫県をまたにかける空港なので、空港内で大阪と兵庫をそれぞれ行き来できる珍しい空港です。

空港内からも飛行機の離着陸を見ることはできますが、飛行機ファンの整地ともいわれる「千里川河川敷」からは至近距離で飛行機の腹部を見ながら離着陸を見ることができます。

是非、自由散策する場合は千里川河川敷に行くと、迫力満点な飛行機の離着陸が見られるかもしれません。

ここから今回の旅が始まります。
最初の目的地「毛馬閘門・洗堰群」へ向かいましょう!

毛馬閘門・洗堰群

毛馬閘門・洗堰群は、大阪伊丹空港から車で30分のところにあります。

毛馬閘門・洗堰群(けまこうもん・あらいぜきぐん)は、毛馬第一閘門が明治40年、毛馬第二閘門が大正7年、毛馬洗堰が明治43年に竣工されました。明治時代の淀川改修の主要施設として、大阪市内の洪水防御、淀川本流と旧淀川間の舟運のルート確保に貢献した土木遺産として2007年に選奨土木遺産に認定されました。

毛馬地域は、大阪を代表する川として象徴される「淀川」を分断する場所にあります。毛馬にある毛馬洗堰と毛馬閘門はその淀川から取水する施設として大阪の人々の生活を支えていました。また、大量の土砂と洪水が都市部へ流れないようにせき止める機能もあったことから安全に都市部へ水を供給する主要施設として稼働していました。

1868(慶応4年)、開国により外国へ開かれた大阪港ですが、開発のされていない河口湾であったことから、その当時はまだ河口に堆積した土砂に阻まれて大型汽船の出入りが困難な地域でした。その後、商工業の形態が変化し、舟運以外の交通機能が発達すると、商権は船舶交通の便利な兵庫県へ移ってしまうようになりました。舟運・船舶交通の利便性により兵庫県へ移ってしまったことから商権を再起するべく、国際貿易のできる近代湾港の建設計画が大阪各地で進められました。

1887(明治20)年、知事の建議で政府から派遣されたオランダ人技師デ・レーケらは、築港だけでは大阪港の問題は解決できないということで、淀川の改修も同時に行うべきだとし、淀川が大阪市街地へ入る前に制御する計画を立案しました。計画が立案された当時は、財政や制度上不可能とされていました。

しかし、1897(明治30)年には築港予算が編成され、大阪港が築港されることとなりました。デ・レーケらが計画したものを基に、さらに大阪土木監督所長も沖野忠雄(後の初代築港事務所工場長を兼任)が、琵琶湖から大阪湾までの淀川全域を視野に入れ、舟運・港湾等の利水するための計画を立案し、内務省に提出しました。その後、国直轄の「淀川改良工事」として実施されることとなりました。

その計画では、毛馬閘門・洗堰の建設は重要な位置づけとして捉えられていました。毛馬閘門・洗堰は、まっすぐ海へ向かう放水路として新たに開かれた新淀川が本流となり、旧淀川は水量が制御され、洗堰によって水面が締め切られるようになりました。

また、当時は京都と大阪を繋ぐ舟運であったことから、大阪市の入り口となる閘門が必要とされました。この閘門は、閘室内に舟を入れて扉を閉め、給排水管を通じてゆっくりと閘室内の水位を調節することで、高低差のできた新淀川と旧淀川の交通が容易に結べるようになりました。

1975(昭和50)年に、新閘門と新水門が建設され、第一/第二毛馬閘門・洗堰はその役目を終えることとなりましたが、歴史的モニュメントとして今でも保存されています。



五号暗渠(狭山里道架道橋)

毛馬閘門・洗堰群から車で45分のところにあるのが「五号暗渠(狭山里道架道橋)」です。

狭山里道架道橋は、明治31年に高野鉄道を河内長野まで延長した際に、線路下に農業用水路や通路を確保するために建てられた建築物です。昭和12年までは、当時の建築されたレンガ造りのままでしたが、昭和12年になって線路が複雑化されたことにより、往来の多い線路を支えるため、トンネルの東側をコンクリートで補強されました。

暗渠(あんきょ)とは、地下に建設された水路を指します。

現在は狭山市内に7か所現存しており、中でも東除川暗渠では日本に25か所にしかない、レンガをねじって積み上げる工法「ねじりまんぼ」が見られる珍しい建築物があります。

今回紹介しているのは7か所の中でも大きな「5号暗渠」です。5号暗渠は、7か所の暗渠の中で唯一自動車が通れる大きさを誇る通路となっています。

7か所ある暗渠は、それぞれ違った形をしているので是非時間があれば巡ってみるのも面白いかもしれません。

薬水拱橋

薬水拱橋(くすりみずきょうきょう)は、五号暗渠(狭山里道架道橋)から車で約50分のところにあります。

1912(大正元)年に竣工された橋です。薬水拱橋は、アーチ端側面を門としており、独特の扁額やレンガで格子状に組まれた意匠ある建築デザインを施した高い技術力を誇る建築物とされています。また、壁の柱には「バットレス補強」が施されている珍しい橋でもあります。

バットレス補強とは、建物の外壁に控え壁を設けて建物が倒れないようにする工法全般を指します。今でも様々な建築物に使用されていますが、薬水拱橋建設当時では、珍しかった工法でもありました。

拱橋とは、アーチ型の橋を指します。また、アーチ構造を使って荷重を支える橋の形式等もこれにあたります。この構造によって建設後100年以上経った今でも現役で建っていることができるのです。

地元の方々からは「メガネ橋」として親しまれている橋でもあります。

桜の名所:奈良県吉野市吉野郡のおすすめグルメ

桜の名所で知られる吉野山がある吉野エリアですが、実は紅葉の名所でも知られるスポットでもあります。

真っ赤に彩る吉野山を眺めながら、お腹も心もいっぱいに満たして、次の土木遺産へと向かいましょう。

吉野エリアには、そんな紅葉を眺めながらおいしいグルメを楽しめるところが多くありまので、是非下のリンクを参考にしてみてください。

お腹いっぱいになったら、次の目的地「百寿橋」へ向かいましょう!

百寿橋

百寿橋は、薬水供橋から車で1時間のところにあります。

百寿橋は、地元住民からの寄付を受け、1936(昭和11)年に竣工されました。元々は郡山城へと続いており、江戸時代には名だたる大名たちが居住した城を支える木造の橋でしたが、郡山城中堀(旧生駒郡役所:現大和郡山市役所)の建設と共に新たに架け替えられたRC橋です。郡山城内の道路として活用されている土木遺産です。

RC橋とは、昭和26年以前に架けられたコンクリート橋を指します。また、主に桁橋と床版橋で構成され、支間20cm程度の構造になっています。現場打ちで施工されることが多いので、施工目地がない特徴があります。そのため、桁高が低く抑えられている橋ともいえます。

高欄においては、意匠あるデザインが施されており、百寿橋と郡山城跡の景観が溶けあう美しい景色となっています。

宝来山古墳(垂仁天皇菅原伏見東陵)

宝来山古墳(垂仁天皇菅原伏見東陵)は、百寿橋から車で約20分のところにあります。

宝来山古墳(垂仁天皇菅原伏見東陵)は、前方後円墳となっている古墳です。被葬者は「菅原伏見東陵(すがわらのふしみのひがしのみささぎ)」第11第垂任天皇が安置されている古墳として宮内庁が天皇陵として管理しています。垂仁天皇は、『日本書紀』や『古事記』の登場人物として知っている方もいるのではないかと思います。

宝来山古墳の築造年数は、古墳時代前期4世紀後半ごろに建てられたと推定されています。墳丘は3段築成となっており、全長227mの大きさを誇ります。この大きさは全国で20番目の規模とされています。また、墳丘周辺には周濠が多く張り巡らされており、外堀にあった周濠の一部は現在も小島として浮かんでいます。

内部は竪穴式石室となっており、長持形石棺があるとされています。埴輪等多く出土しており、宮内庁が管理をしています。

水面に浮かぶ古墳は、澄んだ水面と緑のコントラストが映える美しい絶景スポットとして親しまれています。

インフラツーリズムの旅はこれで終了です^^
旅の疲れを癒すべく、奈良橿原の宿泊施設へと向かいましょう!

奈良橿原で泊まりたい趣のある宿3選

奈良橿原には歴史的建築物らの景観が拝める宿が多くあります。
温泉にでもつかりながら旅の疲れを癒してください~

CANDEO HOTELS(カンデオホテルズ)奈良橿原 

〒634-0804 奈良県橿原市内膳町1-1-50

アクセス :【大和八木駅より徒歩3分】<近鉄難波駅より特急で35分・京都駅より特急で50分>吉野の紅葉まで特急で約50分

駐車場  :ホテル駐車場無し

大和八木駅より徒歩3分。星空に一番近い露天風呂で、心洗われる極上の癒しを。歴史が色濃い街にたつ、唯一無二の4つ星ホテル。

奈良健康ランド・奈良プラザホテル

〒632-0084 奈良県天理市嘉幡町600-1

アクセス :JR郡山駅、天理駅、近鉄平端駅より無料送迎バス有 (現在運休中) /西名阪自動車道 郡山ICより南へ2km
駐車場  :有り

奈良健康ランドの多種多彩なお風呂で心身ともにリフレッシュ!

THE KASHIHARA(ザ 橿原) -DAIWA ROYAL HOTEL-

〒634-0063 奈良県橿原市久米町652-2

アクセス :橿原神宮前駅東口より徒歩約1分、南阪奈道路葛城ICより車約15分。奈良市内から車約40分。
駐車場  :74台

駅前温泉「かしはらの湯」(ナトリウム-塩化物温泉)&サウナでスッキリ♪ビジネススペース有。橿原神宮前駅東口より徒歩1分。

まとめ

今回は、大阪伊丹空港から出発し、奈良橿原へ各地の土木遺産を巡るインフラツーリズム旅でのおすすめスポットを紹介していきました。

近畿地方となると、歴史的遺産が多く点在しているので、どうしてもそういったスポットを巡りがちになりますが、インフラ施設に着目してみると、まだまだ魅力的な土木遺産は数多くあります。

普段利用しているインフラはどういった経緯で作られているのか、建設業界に携わる方なら新しいヒントに出会えるかもしれません。

是非、これから各地へお出かけするならインフラツーリズム旅をしてみてはいかがでしょうか。